迷ったら帰る言葉たち。

ごきげんよう。
今日は立春です。二十四節気(にじゅうしせっき)の最初の節気です。
新しい年のはじまり。さぁ、ここからです!

皆さんは大切にしている言葉はありますか?
「言(こと)」は「事」の意味を持ち、その「端(は)」を加え「ことば」になったと言われています。また、『古今和歌集』仮名序では

やまとうたは
ひとのこころをたねとして
よろづのことの葉とぞなりける

と「言(こと)の葉」と表現されています。「葉」は〝たくさん〟の意味で豊かさを表しています。

私には大事なひとつの儀式があります。それは、大切な言葉たちを新しい年の手帳に書き写す作業です。

 

 

まずは、小学校6年生のとき、移動教室で日光東照宮へ行きました。この立て札の言葉が子どもごころに何故か気になって仕方がありませんでした。

 

 

徳川家康公の御遺訓です。家康公は生前「遺体は久能山へ葬り、増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺には位牌を収め、一周忌が過ぎたら下野の日光山へ小堂を建て勧請せよ。」と遺されたといわれています。自分が神となって祀られ子孫を見守るために神社を選んだのですね。
子どもの頃にその立て札の言葉と出逢ってから20代、30代とジェットコースターのような人生を経て40代になり、この言葉の続きの意味を噛み締めるようになりました。

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。
心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、怒りを敵と思え。
勝つことばかり知りて、負くるを知らざらば害その身に至る。
己を責めて人を責むるな。
及ばざるは過ぎたるに勝れり。

人の一生は重い荷を背負って遠い道を行くようなものです。急いではいけません。
不自由を当たり前と考えれば不満は生まれません。
心に欲が起きたときには苦しかったときを思い出しなさい。
我慢して忍ぶことが平穏無事が長く続くことの基本であり、怒ることは敵だと思いなさい。
勝ってばかりで負けることを知らなければ、そのうち自分が痛い目に遭いますよ。
他人を責めるのではなく、自分を省みなさい。
足りない方がやり過ぎているより優れています。

・・・ということですね。

 

そして、20代に出逢ったのは相田みつをさんの言葉です。自著でも記しましたが、私は21歳に結婚し22歳で娘を産み、彼女が1歳を迎える前に離婚し母子家庭になりました。夫婦、家族・・・この一番小さな大切な社会が崩れないために必要なことがこの言葉に詰まっています。それからは友人や知人の結婚式では身を以て刻まれたこの言葉をお届けするようになりました。

うばい合えば足らぬ
わけ合えばあまる
うばい合えば憎しみ
わけ合えば安らぎ

 

30代になって主に仕事を通じ自分だけではなく様々な他人への責任という役割を背負うようになってから大切にしている言葉たち。ひとつは孔子・孟子が説いた儒教の教え「仁・義・礼・知・信=五常の徳」です。

仁:思いやりを持つこと
義:正しい行いをすること
礼:豊かな心を示すこと
智:正しい判断をすること
信:周りの人から信頼されること

もう一つはアメリカの哲学者・心理学者のウィリアム・ジェームズの言葉。こちらは有名なのでご存知の方も多いかもしれませんね。

心が変われば 行動が変わる
行動が変われば 習慣が変わる
習慣が変われば 人格が変わる
人格が変われば 運命が変わる

 

最後に、40代で出逢い突き刺さったネイティブ・アメリカン、ラムビー族の教え。

Seek wisdom,not knowledge.
Knowledge is of the past.
Wisdom is of the future.

知識ではなく、知恵を求めよ。
知識は過去のものだが
知恵は未来をもたらす。

 

言葉に魂が宿ると、その瞬間からたくさんのチカラを発揮すると思っています。私の迷ったら帰る言葉たちをご紹介しました。
皆さまも支えの言葉とたくさん出逢えますように。。。

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